人・人・人の鎌倉ー浜田省吾・小林秀雄・森本六爾
黄金週間ということで、ツレの実家へ。時間もあったので「鎌倉にでも行く?」といわれ、二つ返事で大賛成。というのも、最近とりつかれている小林秀雄のお墓もあり、住んでいた家ものこっているとのことだから。生涯で二度目の鎌倉。
横須賀線「北鎌倉」で下車。「六月」でもなく、「雨の雫」もなく、「紫陽花の花」もなかったけど、北鎌倉の「横須賀線のプラットホーム」に降り立ちました(浜田省吾「紫陽花のうた」より)。とにかく、人がすごかったです。
道が少ないこともあってか、人の大渋滞。多くの人が向かう円覚寺や建長寺には目もくれず、東慶寺を目指しました。境内の見学も程々に墓苑を訪ね、小林秀雄のお墓参りをしました。写真で見て、思っていたよりも小ぶりでひっそりとしていて、少し意外な気もしました。
その後、とんぼの本の白洲信哉編「小林秀雄 美と出会う旅」の写真などを参考にいわゆる「山の上の家」を探して歩き、なんとか見つけました。少し感慨深いものがありました。失礼とは思いつつも、記念に写真を撮らせていただきました。
坂道の途中に、お宅に咲いていたであろうツツジの花が落ちていて、これも失礼とは思いましたが、記念に頂かせていただきました。当時もツツジがあったかどうかは知りませんが、そのときは何か残るものが欲しいとでも思ったのでしょうねえ。普段は花とか別に気にならないのに、なんか、今思うと自分でも不思議な感じです。
人の波に続き、鎌倉駅方面まで歩きました。若宮大路も小町通りも人・人・人。失礼なことに鶴岡八幡宮にもお参りしませんでしたが、お宮さんも人が多すぎて、入場制限してました。
お昼には、鎌倉文士も通ったという「一茶庵」でお蕎麦を食べました。小天丼にせいろを注文。美味しく頂きました。
江の電に乗ろうと思ったら、すごい行列ができていて、あきらめて、文学館まで歩きまして、見学したあと極楽寺の方へ。
森本六爾がかつて住んでいたそう。お宅が残っているのかとか、ぜんぜん知らないのですが、雰囲気を感じられただけでもよかったです。大学時代、よく先生から森本六爾の話を聞きました。あの頃のことを思い出したり、森本六爾の考古学に対する想いを思ってみたり、始めて来たとは思えない所のような感じがしました。
鎌倉には、そういう雰囲気というか、空気があるんでしょうか。
離れがたい気もしましたが、想いで深い町です。GW中に行くところではなかったかも知れません。